スーパースターへの道 in カンボジア

スーパースターへの道 in カンボジア

カンボジア次世代のスーパースターPOLARIX(ポラリックス)、世界への挑戦状

1月26日②

こんにちは、レナです。

またまた、どうでもいい & しつこい話から失礼します。

私は「男はつらいよ」が大好きです。

最近はLINEでも寅さんのスタンプが出たようなのですが

なぜかカンボジアからは買えません!!

 

寅さんの名シーンの一つをご紹介します。

寅さんの甥っ子が、寅さんにこう尋ねます。

「おじさん、人間は何のために生きているんだろう?」

寅さんは、難しいこと聞くなぁ・・・と困りながら、こう答えます。

「何と言うかな、あー生まれてきてよかった。そう思うことが何べんかあるだろう。

そのために人間生きてんじゃねえか?」



 

 

POLARIXCREW(ポラリックスクルー)を応援してくださる方、クリックお願い致します☆

 

にほんブログ村 海外生活ブログ カンボジア情報へ
にほんブログ村

 

 

1月26日。

ミッキーを空港で見送った、同日の夜。

私は、母を空港で見送りました。

 

blog.cambodiastarsacademy.com

 

母は73歳。

これまでにも、母は一人でいろいろな国を旅行しているのですが

全て、日本の団体ツアーでの旅行で

こうして個人で海外に来るのは初めてでした。

 

ツアーと個人旅行は、母くらいの年齢の人にはきっと大きな違いがあって

母は「無事に辿り着けるだろうか」

と何ヶ月も前から心配していました。

 

以前のブログにも書きましたが

母は今、ゆっくりゆっくり、母だけにわかる時間を過ごし始めました。

 

blog.cambodiastarsacademy.com

 

 母の世界に入るためには、まずは、母の言うことに「同意」すること

頭では解っているのですが、母が旅行に来てからの一週間、

私は全くそれが出来なかった。

 

例えば

「大丈夫だって」

「心配しすぎだって」

そういう言葉は、ダメ。

 

「さっき、自分でそう言ってたじゃない」

「大丈夫?できる?手伝おうか?」

そういう言葉も、ダメ。

 

解ってはいる、解ってはいる、

でも出来なかった

イライラすらしてしまった

何で、そんな酷いことを言うの

何で、そんな悪い言葉を使うの

 

私が母の世界に入るドアを間違えると、母は怒る

怒って怒って、もっと酷いことを言ってしまう

母が心からそんな事を言ってるんじゃないと解っていても

私は涙が止められませんでした。

 

特に、私と二人でいるとダメみたいで

ついに私は、自分の母を何を話せばいいのかも解らなくなってしまった

目を合わせられなくなってしまった

 

親子なのに、そんな風になってしまうことがまた悲しく

私は、いい歳して、この一週間で何度も泣きました。

母と私は、こんな風になってしまうのに、どうして「親子」に生まれてしまったんだろう

 

でも・・・

カミナリ親父と、POLARIXCREW(ポラリックスクルー)のみんなが、それを救ってくれた。

 

みんなは、母のことを「おばあちゃん、おばあちゃん」と楽しそうに呼んで

時間が許す限り、ずっと母にかまってくれました。

 

毎日毎日

「何も食べたくない」

と拗ねる母に、Haru Heang(ヘアン)

「おばあちゃん、私が作ったデザートだよ!はい、あーん」

とスプーンで食べさせると

母は「あーん」と口を開いて、ヘアンの作ったデザートを全部たいらげました。

 

ヘアンはキャハハと笑って

「おばあちゃん、全部食べてくれたのね!嬉しいー!」

と母に抱きつきます。そして、こう言うのです。

「おばあちゃんは、ミルクのにおいがするのね!良いにおい」

母をギューと抱きしめるヘアン。

 

母は、帽子が好きです。

いつも帽子を被りたがります。

するとJuvie Lin(リン)が、母に帽子をプレゼントしてくれました。

日本語で「すきだよ」と書いてある帽子で、リンが気に入っていたヤツです。

「おばあちゃんに、これをあげるね。“すきだよ”」

母はきっと、日本でもその帽子を被って、お出かけするんだろうな

 

母は、怖がりです。

何でもかんでも怖がります。

でも、ヘアンとTata(タタ)と一緒に、バイクにも乗りました。

二人で母をサンドイッチして、バイクに乗ってくれました。

 

初代マネージャー・カンニャは、母とケンカして涙が止まらない私と一緒に泣いてくれました。

二人でミッキーのお別れ会の後片付けをしながら、一緒に泣きました。

今までも、どれだけカンニャの優しさに助けられてきたか

 

二代目マネージャー・ボリャは、5年前にお母さんを亡くしました。

「レナさんのお母さん、私のお母さんに似ている」

と言って、ずっと母にくっついていました。

一緒に写真もたくさん撮りました。

空港で母が去った後は、寂しそうにこう言いました。

「レナさんのお母さん、私にこう言いました。“レナさんが、大好き”って。

私も、お母さんに会いたい・・・」

 

そして、カンボジアの寅さん・King(キン)

「おばあちゃん!ホラ、危ないよ!」

言葉なんか通じないけど、ダミ声で

「おばあちゃん!!」

と母を呼びつけて、いつでも母を守ってくれました。

そして、当たり前のように母にこう聞いた

「おばあちゃん!!次はいつ来る?来月?」

f:id:rena19811026:20170127193730j:plain

 

他のみんなも、母に本当に優しくしてくれた。

時には母をからかったり、母に甘えたり、抱きついたり・・・

あまりに「当たり前」に母に接してくれた。

 

何を話していいかも解らなくなってしまった私と母だったけど

みんなのおかげで、空港では元気に「バイバイ」を言えた。

 

母は、みんなに「おばあちゃん」と言われるたび

「おばあちゃんじゃないよ!」

と嬉しそうに答えながら、みんなの写真をいっぱい撮りました。

f:id:rena19811026:20170127194248j:plain

 

POLARIXCREW(ポラリックスクルー)のみんなは、アンコールワットの神様からの最高のプレゼント  

 

本当にありがとう

私も母も、あー生まれてきて良かったって、思ってる

 

母は無事に日本に戻りました。

 

そして、滅多に連絡してこない父からもメッセージが来ました。

 

“おはようございます。現在、1月27日(金)午前8時7分です。

朝飯を食べて、このメールを打っています。

今回は、一週間も神さんの面倒を見てくれて、ありがとうございます。

こちらの事は心配せずに

君がやるべきことに精進してください。こちらは心配しないで下さい。

例年通り、君が帰国する日を楽しみにしています。

今日も一日いい日でありますよう。旦那さんにもよろしくお伝えください。

それでは、また。”

 

神さん、だって。

お父さん、ありがとう。

 

カミナリ親父も、ありがとう。

カミナリ親父のお父さん、お母さん、二人の妹さん

ありがとう

 

コン、キン、ヘアン、ノリ、リン、ティー、タタ、ロイ、

ミッキー、ボリャ、カンニャ

ありがとう

 

 

Rena & Yaeko

 

 

 

↓日本向けwebサイト
http://csaland.com/polarixcrew_japan/