スーパースターへの道 in カンボジア

『星』に手を伸ばせ!!たとえ届かなくても in カンボジア

オカマ犬“さそり”が見つめる、スーパースターを目指すカンボジアの若者たちの青春

Independence day

 

これで、最後のブログになります。

数日前に、カンボジア人のみんなへ向けてブログを書いたけど

最終的にいつも私を支えてくれたのは「日本」でした。

 

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イモこと、原正寛さん

もし、去年

私たちに訪れた悲しい出来事や辛い出来事が

もし、何かのリターンだったなら

それは私とカミナリ親父が、イモがCSAから離れてしまうような

そんなチームにしてしまった、そんな選択を取ってしまった事の見返りだ。

CSAの創業メンバーであるイモが離れたくなるようなCSAにしてしまったこと、

それが私たちの最大の過ちだった。

私たちがイモにそんな仕打ちをしたにも関わらず

水面下でずっとずっと、私たちを支えてくれたイモ

CSAのお金がごっそり無くなって、電気も止まり、食糧もなくなり

暗闇の中でみんなで空腹と闘っていたあの暑い日

イモが持って来てくれたラーメンやお菓子が、どんなに私たちの救いだったか

金銭面だけじゃなく、イモは私たちの心の支えだった。

メンバーが抜けてボロボロに傷つくたびに、イモは私とカミナリ親父をさりげなく支えてくれた。

それがどんなに有難かったか

イモの奥さんにも、とても感謝している。

もしイモがいなかったら、とっくにCSAは潰れていた。

私たちは学んだ。ビジネスというのは、経験やノウハウだけではやってけない。

思いやりがないと、誰もついてこない。

特に、こんな地では。私たちのものではない地なのだから。

相手を思いやる気持ちが、全てを動かす。心が全てを動かす。

ノリがなりたいビジネスマンとは、そういう事だ。

きっとイモとも、一生、ハグはしないでしょう(笑)

こんな私たちだけど、ずっとずっと“腐れ縁”の友達でいて欲しいです。

 高松&原夫婦で、いろいろ旅行したいな!

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サソリ

ある日、ロイに言われた。

「サソリはいつも、レナを守ってるんだよ」

それまで、ずっと気がつかなかった。

サソリは、ポラリックスたちが私の近くを通ると怒って吠える。

私は、「全く、サソリは何でそんなにいつも怒るのよ」とサソリをたしなめていた。

ロイの言う通り、サソリは私を守ってくれていた。

きっとサソリは知っていた

私がポラリックスのことでカミナリ親父とケンカしたり

部屋で泣いたりして、心が潰れかけていた事を。

悪かったね、サソリ。心配ばっかりかけて

これからは、もう大丈夫だよ。私たち、お互いに自分で立って歩くの。

サソリは思う存分、みんなを愛して大丈夫。

 

クジラ

あなたは、ただただ、皆の癒し。

甘え上手で自己中で、大好きな人と一緒にいられれば、それで良いと思ってるクジラ。

そんな生き方って、最高!

 

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フランスに帰ったパパ、ママ

シェムリアップのゆきのちゃん、おかあさん、おとうさん

会いたいです

 

カンニャ、タタ

これからもずっと、くだらないチャットしよう

カンニャ、日本のカミナリ親父の実家まで来てくれて、ありがとね!

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島村楽器でお世話になった皆さん

 

もう私が島村楽器を退社して6年の月日が過ぎ

あの時、一緒に働いていたみんなや生徒さんとは、連絡を取り合う機会はなくなった。

でも昨年

全力で愛したメンバーが悲しい形で去って、苦しくて泣いていた日々

まさにそのタイミングで、連絡をくれた。

私が「つらい」とか「悲しい」とか伝えた訳じゃないのに・・・

本当に嬉しかったし、ビックリした。

悲しい涙は、嬉しい涙に変わった。

 

「大山さんは、一生懸命に愛したんだから、それで良いじゃないですか」

 

そうだ、私たちが彼らを裏切ったんじゃない、疑ったんじゃない

知ってるのに、知らないフリをしたのではない

それで良いんだと、心から思えた。

 

そして、生徒さんから届いたフルート演奏

幸せだった、キラキラ、キラキラ、とっても美しかった

 

本当にありがとうございます。

私は日本に生まれて、日本の会社で働いて、みんなに会えて

本当に良かった

 

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大学の友達

日本に帰ったとき、まるで私がカンボジアになど住んでないかのように接してくれる。

久しぶりに会っても、学生時代とかわらず、ビシバシ私に突っ込んてくれる。

「カンボジアに行くくらいなら、ハワイに行きたい」

と言う皆が、心から大好き。

色眼鏡をかけずに、自分の物差しで私や世界を見ている皆が、心から大好き。

 

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まいちゃん

辛いことだって、苦しいことだって、きっとあると思うのに

いつだって会う時は元気で笑顔で

どれだけ、まいちゃんのその姿に奮い立たされたか

自分の愛するものに向かって突き進むまいちゃんが、

どれだけ、私たちの憧れだったか

 

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家族

ポラリックスと過ごした数年で、私たちは、家族の有難さを痛感した

お父さん、お母さんがどんな気持ちで私たちを育ててくれたか

他人の子でも、こんなに辛くて大変だったんだから

本当の子供は、もっともっと、何百倍も大変

まだ、何も家族に恩返しできていない

いつも「私たちがカンボジアで頑張っていることが嬉しい」と言ってくれる家族

私たちは、ただただ、幸せです。

泣いていた日々が恥ずかしいくらい、私たちは幸せ者です。

高松家、そして大山家に生まれて、家族になれて、こんな人生を歩めて

最高に幸せです。

 

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カミナリ親父こと、高松謙一郎さん

この「独立宣言」をした日

俺の器量が足りなかったせいで、私をここから離すことになって悪かったと

そう言ってくれたけど、そんな事ないよ。私が自分で決めた。

私たちは、本当にたくさんケンカした、皆のことで

どっちも悪くないのに、お互いを批難してケンカすることが、本当に悲しかった。

そんな中で、私が解ったことは

私にとって何より大事なのは、ポラリックスでも、サソリでもクジラでもなく

高松謙一郎さんであるということです。

 

私たち、皆のために、自分の大事なものまで傷つけながら、本当に頑張ったよ。

いろんなもの犠牲にした。

失くさなくても良いものまで失くして、傷つけなくていいものまで傷つけた

本当に辛くて苦しい数年間だったね

本当に可笑しくて楽しい数年間だったね

 

まさかのカンボジアに来て、シェムリアップからスター発掘が始まって

本当にスターになっちゃったよ

テレビに出て、広告塔になって、舞台で歌って踊るスターになっちゃった

ここはカンボジアだから、簡単な事と難しい事が日本と真逆で

それも大変だったよね

 

日本にいた頃は何もなくて、日々をまあまあ穏やかに過ごしていた私にとっては

あらぬ事で批判されたり、信じてた人に裏切られたり

人の将来を想って全力で叱らなきゃいけなかったり

それで恨まれたり、終いには自分が誰かを憎んでしまったりする事が

本当に辛かった

 

去年、あなたの36歳の誕生日

電気もお金も食物もなくて、暑い暗闇の中で36歳になった

自分はまだしも、高松謙一郎さんはこんなにも一生懸命に汗水たらして頑張っているのに、

なんでこんな目に遭うのかと悲しかった

 

でも、あの暗闇で見たロウソクの灯り

 共にあの暗闇を乗り越えたノリ、リン、ロイ、ティー、ボリャさん、ヤンの顔

 イモが差し伸べてくれた手、最高のタイミングでのミッキー帰還

 

今思えば、全てのことに意味があった。全ての出会いと別れに意味があった。

アンコールワットの神様は、ちゃんと見ててくれたよね

 

私は本当にラッキーで幸せだ

こんな知りもしなかったカンボジアという国で、

自分の大事なものを傷つけるほど大切な人が何人もできて

みんな本当に可愛くて、愛おしい

サソリやクジラやイモ夫婦にも会えたし

日本にいた時には気づかなかった大切なこと、素晴らしいことにも気付けて

自分が生まれた日本という国を、悪い面も含めて愛することができて

さらに、ボリャさんほどじゃないけど(笑) 頭が固かった私は

この国に来て、たくさんの人に会って、柔軟な考えを身につけることが出来た。

人の生き方は、十人十色。どんな生き方だって良い。

人を裏切ったり、根拠もなく疑ったり、騙したりしなきゃ良いんだよね!

私はこの国で、たくさんの国籍の自由な生き方に触れることができた!

 

これから私は、まだまだカンボジアで生きる

有難いことにフルタイムの仕事ももらって、穏やかな職場の方たちにも恵まれた。

その職場でも、たくさんのカンボジア人の皆さんが頑張って働いている

新しい日々が始まる

また楽器もやりたいな

 

 

 ポラリックスたちとの日々を、一切SNS等に上げない高松謙一郎さん

(あまりに何も発信しないので、

旦那さんは今、何をしてますか?と問い合わせ受けることもあった)

あなたほど、フラットに世界が見られる人もなかなかいないでしょう!

あなたほど、純粋に誰かと“ものづくり”をエンジョイできる人はいないでしょう!

良いものは良い、悪いものは悪い、バカなことはバカ、ごめんなさい、ありがとう

世間にどう見られるかより、自分の物差しを貫ける人は、なかなかいないと思いますよ

きっと、あなたのその物差しに

「無理」「ついていけない」

と感じる人だっているんだろうけど、あなたは、そんな事は何も気にしてない(笑)

一生、一緒にやっていきたい!と思う相手に、あなたの全力をぶつける。

ただ、それだけですよね。

 

周りはあなたの天真爛漫な物差しに翻弄され、戸惑い、めちゃくちゃ迷惑を被る。

私とあなたの妹さんたちで「高松謙一郎・被害者の会」を発足してるの知ってます!?

まあ、それで良いチームワークができたりもするけどね

今、近くにいる皆は「もーーー!ケン!!」って思いながら、あなたを愛してくれていると思うよ。

 

カンボジアに来てからも、高松謙一郎さんは様々な国を飛び回り、

私にいろいろな価値観を教えてくれる

 

そのおかげで、私の新しい夢も見つかった。

いつか、もっともっとおばちゃんになったら

また、日本の子供に触れたい。

私は高松謙一郎さんからCSA以外にももう一つ、仕事をもらった。

その仕事は、世界の社会問題について、毎日、記事を書く仕事。

世界の社会問題を調べる機会になった。

その中で、一番に刺さったのは「日本の子供の、目に見えない貧困」

 

カンボジアに来てよく解ったことは、教育の大切さ。

教育が無いと、貧困が生まれる

それが子供に、孫に、どんどん続いていく

貧困は、相手を傷つける嘘や、裏切りや、悲しい行動に繋がってしまう事がたくさんある。

“貧しくても、瞳は美しい”

途上国でよく聞くセリフだけど、自分も昔はそう思ってたけど、

現実の貧困の上には、想像を絶する悲しみや空虚が溢れている。

貧困にも、様々な種類がある。日本の子供の貧困は「目に見えにくい」 

でもきっと、どんな種類の貧困でも、その貧困にあえぐ子供の苦しさや

将来へ及ぼす悲しい影響は同じだろう

いつか自分の国で、自分がどれだけ役に立つか解らないけど、向き合ってみたい。

 

まあとにかく、高松謙一郎さんと結婚しましょう!と決めた自分にGood job!と言いたい!(笑)

 

しつこいけど、この数年で本当にたくさんケンカして、

お互いに正反対の部分が山ほどあるって事がわかった。

でも去年、一緒に辛くて悲しい思いをしてわかった事は、

根本的な価値観は同じで良かったね!ってこと

 

私たちは、ポラリックスを商品として扱わない

私たちは、ポラリックスから金銭や名誉を搾取しない

私たちは、ポラリックスと家族同然

これからも、ずっと

本当の家族や友達は、離れていたって、一生繋がっていられる

 

 

私のポラリックスたちに全力を尽くした数年は、いったんこれでお終い

数年に渡ったカンボジア人との奇妙な同棲生活は終了。

もちろん寂しいけど、正直、それ以上にホッとしている

しばらくは、こんな生活はもうしたくない(笑)

この、何人もの子と大恋愛をするようなほろ苦い日々は、もういい(笑)

これからは、高松謙一郎さん、サソリ、クジラ・・・家族のことをメインに考えたい

少しでもいいから穏やかな日を過ごしたい

 

本当は、すごく寂しくて辛い。みんなと別れること。でも、今日これを読んだ。

 

・「決断」とは、「決めて」「断つこと」。

何かを決めるときには、ひとつ何かを断ち切る。

すると新しいものが手に入ります。

 

「大切」って「切る」って字が入っています。

「切ったとき」に、「大きなもの」が手に入るんです。

 

 

もう、何の後悔も無い。

私は、やりきった。

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山田洋次さん

カンボジアで泣いた日は、いつも「男はつらいよ」を観ました。

カンボジアで楽しい日も、いつも「男はつらいよ」を観ました。

生きててよかったなーと思う瞬間のために、私たちは生きています。

道に迷ったとき、寅さんの家族が我々のコンパスでした。

 

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小田和正さん

 

この歌詞に、ずっと支えられてきました。

 

疑うよりも信じていたい たとえ心の傷は消えなくても

 

いつかポラリックスが、小田さんのような

誰かの心の支えになるスーパースターになれますように

 

いちばん大切なことは 特別なことではなく

ありふれた日々の中で 君を今の気持ちのままで見つめていること

君にまだ言葉にして伝えてないことがあるんだ

それはずっと出会った日から 君を愛しているということ

君は空を見てるか 風の音を聞いてるか

もう二度とここへは戻れない

でもそれを哀しいと決して思わないで

 

小田和正さん “たしかなこと”

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これから、このCSAは

リン、ティー、ロイ、ノリ、ボリャ、ヤン、ミッキー 彼らの手に渡ります。

私はCSAから去りますが、カミナリ親父は毎日、CSAに出勤。

これからは彼らとの「ものづくり」に専念し、会社の運営にはポラリックスたちが挑戦します!

 

今の契約先との約束がちゃんと終わって、

その後、彼らがどんな選択をしても

もし、この会社が消滅しても

それが彼らの手によって選ばれた道なら、私もカミナリ親父も何の後悔もない。

本望です。

 

 

ブログへ書ききれなかったけど、沢山の方に支えてもらって

本当にありがとうございました!

 

 

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私は一生、ポラリックスとカミナリ親父の大ファンです。

高松 怜奈

 

「独立記念日」2018.3.17へ向けて